• 観光スポット
  • 特産品・お土産
  • 歴史情報満載
  • 豊かな自然
  • 文化文学紹介
  • UJIターン
  • ふるさと大使など
  • 企業向け情報
  • やまぐちQ&A
  • やまぐち写真館

やまぐちQ&A 観光


Q1
山口県ではどのような料理が味わえますか。
Q2
名勝錦帯橋と岩国城の由来・特徴は何ですか。
Q3
大内文化の名残(なごり)をとどめている観光地を教えてください。
Q4
関門海峡にまつわる観光地を教えてください。
Q5
山口県を走るユニークな列車を教えてください。
Q6
歴史の道「萩往還」について教えてください。
Q7
周防大島町のイベント「サタフラ」について教えてください。
Q8
産業観光について教えてください。
Q9
山口県内の伝統的建造物群保存地区を教えてください。
Q10
代表的な工芸品にはどのようなものがありますか。

A1.三方を豊かな海に開かれた、自然豊かな山口県は、新鮮な海の幸、山の幸に恵まれています。

ふく料理(下関市、周南市ほか)

ふくさし

ふくさし

我が国を代表する冬の味覚で、福に通じることから下関では“ふく”と呼ばれています。 ふく料理と言えばふくの刺身。味もさることながら、その盛りつけの美しさは料理の芸術品です。ふくちり、唐揚げ、白子、ひれ酒なども楽しめます。


うに飯(萩市、下関市ほか)

日本海の厳しい自然の中で育った北浦のウニは、品質の良さで有名。その新鮮なウニをふんだんに使った炊き込みご飯は別格で、観光客に大人気。

岩国寿司(岩国市)

岩国寿司

岩国寿司

別名「殿様寿司」ともいわれる岩国寿司は、一度に4~5升も作る豪快な押し寿司です。炊きあがったご飯に、サワラ、アジなどの生魚の身をほぐして混ぜ込み、特産品の岩国れんこんや錦糸卵を交互に押し重ねていきます。ちらし寿司のように、華やかな一品です。


エビ料理(山口市ほか)

山口市秋穂は、車エビ養殖発祥の地。季節を問わずエビ料理が楽しめるのはうれしい限り。ぷりぷりとした歯応えと独特の甘みをご堪能ください。

イカ料理(萩市、長門市、下関市ほか)

肉厚で柔らかく、甘みが強い「イカの女王」と呼ばれるケンサキイカ。萩市須佐の「須佐 男命(みこと)いか」や下関市豊北町の「下関北浦 特牛(こっとい)いか」、長門市仙崎の「仙崎いか」など、県内各地でブランド化が進んでいます。プリプリの食感と甘さがたまらない活イカの刺身は産地ならではのおいしさです。

はも料理(防府市、柳井市ほか)

はも

はも

夏の味覚“はも”。全国屈指の水揚げ量を誇り、関西方面へも出荷し高い評価を得ている県南東部の瀬戸内海産の「西京はも」は、鮮度・味・品質ともに上々です。


瓦そば(下関市)

瓦そば

瓦そば

西南戦争の際、瓦の上で野草や肉などを焼いて食べたという話をヒントに生まれたといわれています。熱した瓦の上に、茶そば、牛肉、錦糸卵、海苔などが盛られボリューム満点です。


茶粥(ちゃがゆ)(柳井市、周防大島町)

カンスと呼ばれる鉄製の釜で番茶を煮出し、その中に白米を入れて炊いたもの。さつまいもやそら豆、大豆、もちなどを入れると、これらの味と香りが程良く絡み美味。梅干し、漬物を添えて熱いうちにどうぞ。

その他

ヒラメ料理(下松市)、しし鍋(下関市豊田町ほか)、 白魚(しろうお)料理(萩市、岩国市)、鮎料理(山口市、岩国市、萩市ほか)、大平(岩国市)、いとこ煮(萩市ほか)など。

A2.錦帯橋(きんたいきょう)は、錦川に架かる5連の木橋(中央3連がアーチ橋)で、長さは直線で193.3メートル、橋面に沿って210メートル、幅5メートル、橋台の高さ6.6メートル。河原から錦帯橋本体の構造部(裏面)を見上げると、そこには巻き金とカスガイを使用した「組木の技法」を見ることができます。

錦帯橋・岩国城

錦帯橋・岩国城

古来、錦川に架かる橋は、梅雨時や台風時などの出水のたびに流失していましたが、江戸時代前期の岩国藩三代藩主・吉川広嘉(きっかわひろよし)は、中国の書物を参考に、川の中に4つの石組の橋脚を造ることで克服し、1673年に錦帯橋を完成させました。この橋は翌年洪水で流失したものの、直ちに再建され、その後は1950年(昭和25年)のキジア台風で流失するまで 276年の長きにわたり、不落を誇っていました。現在の橋は2004年(平成16年)に架替えられたもので、その秀麗な姿は錦川の清流や城山の緑に映え見事な景観をつくり出しています。
岩国城は、毛利氏から3万石を与えられた岩国藩初代藩主・吉川広家(きっかわひろいえ)が1608年に築きましたが、幕府の一国一城令により、完成後わずか7年で取り壊されました。現在の岩国城は、1962年(昭和37年)に再建されたもので、全国でも稀な桃山風南蛮造りの山城です。

【シロヘビ】
岩国市の今津地区一帯に生息するシロヘビは、「アオダイショウが劣性遺伝により白化したもの」といわれています。国の天然記念物に指定されており、吉香(きっこう)公園の観覧施設で見ることができます。

A3.地方豪族の大内氏は、12世紀ごろから次第に勢力を伸ばし、24代大内弘世(おおうちひろよ)の時代に、ほぼ防長両国を治めるようになりました。 大内氏の強い政治力と朝鮮や明との貿易による豊かな経済力を背景に、山口のまちには、応仁の乱などで荒れはてた京都から画聖雪舟(せっしゅう)や連歌師として有名な宗祇(そうぎ)など、多くの文化人が移り住み、大内文化が花開きました。30代義興(よしおき)、31代義隆(よしたか)のころ(15世紀から16世紀前半)には、山口は京都と並ぶ文化都市として栄え、「西の京」と呼ばれました。 当時の大内文化の名残をとどめている観光地として、次のようなものがあります。

国宝瑠璃光寺五重塔(るりこうじごじゅうのとう)

瑠璃光寺五重塔

瑠璃光寺五重塔

26代大内盛見(もりはる)が、応永の乱で戦死した兄の義弘(よしひろ)の菩提(ぼだい)を弔うため、1442年(嘉吉2年)に建立させたもので、五重塔では珍しい檜皮葺(ひわだぶき)の屋根の姿は比類ない美しさで知られ、大内文化の最高傑作であり、日本三名塔のひとつに数えられています。
香山(こうざん)公園内にあり、その優雅さは西の京山口のシンボルとなっています。


常栄寺雪舟庭(じょうえいじせっしゅうてい)

常栄寺雪舟庭

常栄寺雪舟庭

室町時代、大内氏が雪舟に築庭させたといわれる庭園が本堂北に広がります。三方を囲む山林を借景に石と水を美しく配し、枯山水、枯滝を設けた池泉(ちせん)回遊式庭園で雪舟の描く山水画そのままの名園です。(国の史跡名勝指定)


雲谷庵跡(うんこくあんあと)

七尾山(ななおやま)の南麓(ろく)にあり、画聖雪舟の旧居跡です。雪舟は大内氏の招きにより山口に来て、天花(てんげ)の雲谷庵に住みました。応仁元年(1467年)明に渡りましたが、帰国後も雲谷庵をアトリエとしました。この庵にあって多くの名画を筆にしましたが、なかでも国宝山水長巻(さんすいちょうかん)は有名です。

大内氏館跡・龍福寺(りゅうふくじ)

ここは、少なくとも15世紀半ば以降、大内氏が居館とした所で、歴代大内氏がここで政務を執りました。大内氏の勢力が中国一円から九州に及んだ時には、山口は西日本の政治の中心となりました。
大内氏滅亡後、毛利氏は大内義隆の菩提(ぼだい)を弔うため、大内館跡に龍福寺を再興しました。

山口サビエル記念聖堂

イエズス会のフランシスコ・サビエルは、大内氏時代に布教のため山口を訪れています。
昭和27年(1952年)にサビエル来訪400年を記念して建設されました。平成3年(1991年)9月に焼失しましたが、平成10年(1998年)4月に新しい山口サビエル記念聖堂が完成し、定刻には、山口の街並みに鐘の音を響かせています。

山口サビエル記念聖堂

山口サビエル記念聖堂

A4.関門海峡は、韓国・中国に近く、古くから諸外国との交流の要として、また国内においても、時代のターニングポイントとなる史実の舞台として幾度となく登場しています。

平家滅亡の場となった壇之浦(だんのうら)の合戦、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島(がんりゅうじま)の対決、幕末の馬関(ばかん)戦争、日清戦争後の日清講和会議などにまつわる史跡や旧跡が多く残され、日本の歴史上いかに重要な役割を果たしてきたかを確かめることができます。

赤間神宮(あかまじんぐう)

壇之浦の合戦(1185年)において、二位の尼(にいのあま)に抱かれて入水された幼帝安徳(あんとく)天皇を祀った神宮です。境内正面には竜宮城を模した朱塗りの水天門があり、境内には安徳天皇陵のほか、平家一門の墓、七盛塚(ななもりづか)などがあります。小泉八雲作「怪談」の耳なし芳一の話は、この七盛塚にまつわるものです。

赤間神宮

赤間神宮

旧英国領事館

旧英国領事館


唐戸地区のレトロ調建物

唐戸地区には、旧下関英国領事館、下関南部町(なべちょう)郵便局、旧秋田商会ビル、紅葉館(藤原義江(ふじわらよしえ)記念館)などがあります。また、唐戸から関門連絡船で門司港レトロ地区へも5分で行けます。歩くのがお好きであれば、関門トンネル人道(入り口は、みもすそ川)を通って、歩いて行くこともできます。

市立しものせき水族館 海響館(かいきょうかん)

海響館

海響館

約500種20,000点の海洋生物を中心に展示しており、世界最大級のシロナガスクジラの骨格標本の展示をはじめ、下関ならではのふく(フグ)コーナー、大型スケールで展開される関門海峡潮流水槽など、見どころがいっぱいで、イルカとアシカのショーも人気です。
平成22年3月には、日本最大級のペンギン展示施設「ペンギン村」もオープンしました。


カモンワーフ

新鮮な海の幸をお楽しみいただけるレストラン・お食事処や、お土産品店など多彩なショップが並ぶシーサイドモールです。テイクアウトメニューを買って、海峡を行き交う船を見ながらボードデッキで味わえるのも魅力のひとつです。

唐戸市場(からとしじょう)

唐戸市場

唐戸市場

関門地区では歴史ある市場で、水産物が豊富。小売りも行っているので、朝早く出かければ新鮮な魚を安く手に入れることができます。また、市場内の様子を一望できる見学デッキや屋上芝生広場、水産加工品の小売店、食堂、喫茶店もあります。日曜・祝日も営業しています。


海峡ゆめタワー

国際交流の拠点施設「海峡メッセ下関」のシンボルタワーである「海峡ゆめタワー」は関門海峡のランドマークです。タワー頂部の地上143メートルに位置する総ガラス張りの球状展望室からは、関門海峡、巌流島(がんりゅうじま)から響灘、対岸の九州まで、360度の絶景がパノラマで広がります。 600個のライトにより幻想的に浮かび上がる夜のタワーもひときわロマンチックです。

巌流島(がんりゅうじま)

巌流島

巌流島

関門海峡に浮かぶ周囲約1.6キロメートルの小さな島で、宮本武蔵と佐々木小次郎が対決したのは、慶長17年(1612年)4月13日のことでした。唐戸桟橋からの直行便が就航しており、海沿いの散歩道が整備され、武蔵・小次郎像、佐々木巌流之碑などがあります。


城下町長府(ちょうふ)

城下町長府

城下町長府

長府毛利藩5万石の城下町として栄えた長府には、細い格子の連子窓(れんじまど)や重厚な門構えの武家屋敷や、防壁として築かれた練塀(ねりべい)が残されており、往時の城下町の風情を今に伝える街並みや、長府毛利邸、長府庭園、功山寺(こうざんじ)、乃木(のぎ)神社など、散策する見どころがたくさんあります。


しものせき海峡まつり(5月3日)

上臈道中

上臈道中

源平壇之浦合戦(げんぺいだんのうらがっせん)で海峡に入水した幼帝安徳(あんとく)天皇を偲ぶ先帝祭(せんていさい)、約80隻の漁船が紅白の幟(のぼり)を立てて海峡をパレードする源平船合戦をはじめ、八丁浜総踊りや、源平ふく鍋、巌流島(がんりゅうじま)フェスティバル(5月4日)など、多彩なイベントが繰り広げられます。特に、絢爛豪華な衣装で市内をねり歩く上臈道中(じょうろうどうちゅう)は祭りのハイライトです。

A5.山口県を走るユニークな列車は次のとおりです。

SL「やまぐち」号

SL「やまぐち」号

SL「やまぐち」号

レトロ客車が人気のSL「やまぐち」号は、新山口駅から津和野駅までを約2時間かけて走ります。沿線には、湯田温泉、国宝・瑠璃光寺(るりこうじ)五重塔、長門峡(ちょうもんきょう)、観光農園や太皷谷(たいこだに)稲成神社など、見どころ観光地がいっぱいです。

※7月28日の大雨に伴う災害により、当分の間、運転取りやめとなっています。

SL「やまぐち」号のホームページ

山陰観光列車 みすゞ潮彩

みすゞ潮彩

みすゞ潮彩

アールデコ調に統一されたレトロ感あふれる「みすゞ潮彩(しおさい)」。山陰の観光列車として日本海の雄大な海岸美を望みながら走ります。日本海の景観が美しいビュースポットでは、列車が停車するサービスもあります。運行区間は、新下関駅-下関駅-(山陰本線)-長門市駅-仙崎駅。

みすゞ潮彩のホームページ

JR美祢線ラッピング列車

美祢線ラッピング列車

JR美祢線ラッピング列車

「沿線3市ストーリー」をデザインコンセプトに、美祢(みね)市の秋吉台などの「自然」、長門(ながと)市の童謡詩人 金子みすゞの詩を育んだ「文化」、山陽小野田(さんようおのだ)市の「寝太郎伝説」など、各市の特徴を生かしたラッピング列車が運行されています。運行運行区間は、厚狭駅-長門市駅。

交通政策課のホームページ

錦川清流線

錦川清流線

錦川清流線

「清流と奏でる自然の風景」をテーマに、「桜のピンク」「森林のグリーン」「蛍の光のイエロー」「清流のブルー」を使い、柔らかくまとめています。車両の中央には「川面」の画像をそれぞれのカラーに合わせて使用しています。運行区間は、岩国駅-錦町駅。

錦川清流線のホームページ

とことこトレイン

とことこトレイン

とことこトレイン

鉄道が走る予定だった跡地を利用して走る観光用のトロッコ遊覧車です。宇佐川沿いののどかな風景を楽しみながら進むと、蛍光石を利用して作られた幻想的な雰囲気のきらら夢トンネルが出現します。運行区間は、錦川清流線錦町駅-雙津峡(そうづきょう)温泉駅。

とことこトレインのホームページ

A6.萩往還(はぎおうかん)とは、江戸時代、城下町・萩(萩市)と瀬戸内海に臨む三田尻(みたじり)(防府市)を結んだ全長約53キロメートルに及ぶ街道です。

萩往還(はぎおうかん)

萩往還(一升谷の石畳)

藩主の参勤交代の際の「御成道(おなりみち)」として開かれ、現在もなお幕末の志士ゆかりの史跡、江戸時代の石畳が残る箇所もあり、国の史跡に指定されています。見どころを紹介する語り部によるガイドウォークツアーは、萩往還の魅力をより深く楽しんでもらおうというもので、4つのコースが設けられています。

【申し込み・問い合わせ】

やまぐち萩往還語り部の会 電話:083-920-3323 (平日13時から17時まで)

歴史の道 萩往還

A7.周防大島町で夏の土曜日に開催されるフラダンスのイベントです。

サタフラ

サタフラ

山口県東部に位置する周防大島町は、かつてハワイ移民を数多く輩出した町です。1885(明治18)年から1894(明治27)年まで、日本からハワイへ官約移民(※)として約3万人、山口県からは全国で2番目に多い人々が渡り、中でも周防大島出身者は県内最多の約4千人に上りました。1963(昭和38)年には、大島郡とハワイ州カウアイ島との間で姉妹縁組を締結したほか、移民した人々の貴重な遺品や歴史を紹介する「日本ハワイ移民資料館」を開設するなど、現在もハワイとの交流が盛んに行われています。夏には、毎週土曜日に、ハワイの音楽とダンス「フラ」を披露するイベント「サタフラ」を開催し、全国各地から、フラ・サークルなどの皆さんが踊りに訪れる人気イベントとなっています。

※ 製糖産業の労働力を求めたハワイ王国が、明治時代、日本政府を通して行った募集に応じて移民した人々のこと。

【問い合わせ】

(一社)周防大島観光協会 電話:0820-72-2134

(一社)周防大島観光協会

A8.宇部市、美祢市、山陽小野田市では、地元企業や関係団体などが連携して産業観光に取り組んでいます。

産業観光

産業観光

この地域は、明治維新以降、地元の先人たちが、石炭や石灰石など地元の豊かな天然資源を使って、さまざまな産業を起こしてきた歴史があります。また、広大な石灰岩採掘鉱山、国内最大級の貯炭場、国内に現存する最古のセメント焼成窯など、特筆すべき産業施設や遺構が数多くあります。これらの地域を巡る産業観光バスツアーは、「企業の社会的な責任」をテーマに、地場産業がどのような発展の過程をたどりながら地域との共生を図ってきたかを学ぶことができます。企業のOBや郷土史家などが同行し、先人たちのふるさとへの思いや見どころを解説します。

【問い合わせ】

宇部・美祢・山陽小野田産業観光推進協議会(一般社団法人 宇部観光コンベンション協会内)電話:0836-34-2050 

宇部市・美祢市・山陽小野田市 産業観光バスツアー

A9.伝統的建造物群保存地区は5地区あります。

近世城下町の武家屋敷の地割りを残す土塀の連なる町並み

「萩市堀内地区伝統的建造物群保存地区」

旧益田家物見矢倉

旧益田家物見矢倉

近世城下町の武家屋敷としての地割りが今もよく残り、土塀越しに見える夏ミカンとともに歴史的風致を形成しています。永代家老の益田家の物見矢倉などの武家屋敷が残っています。国の伝統的建造物群保存地区制度が始まった昭和51年、平安古(ひやこ)伝建地区とともに全国で最初の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

萩市観光協会

鍵曲と長い土塀が残る町並み

「萩市平安古地区伝統的建造物群保存地区」

かいまがり

鍵曲(かいまがり)

橋本川沿いにあり、江戸時代の地割りをよく残しています。現在でも武家屋敷の主屋、長屋門、長屋、土蔵が、鍵曲(かいまがり)を構成する長い土塀とともに残っており、藩政期の姿をとどめています。

萩市観光協会

萩城下の港町として栄えた町並み

「萩市浜崎伝統的建造物群保存地区」

浜崎の町並み

浜崎の町並み

城下町の形成にともなって開かれた港町で、近世は北前船の寄港地として廻船(かいせん)業(※1)と水産業で栄え、大正から昭和初期には水産加工業や夏ミカンなどの積み出し港として栄えました。江戸時代以来の街路、敷地割りがよく残り、南北を走る本町筋を中心に江戸時代から昭和初期に建てられた町家も数多く残っています。

※1 廻船は江戸中期に興った旅客や貨物を輸送する船。


浜崎伝建おたから博物館

浜崎伝建おたから博物館

毎年5月の第3日曜日には、地区内の伝統的建造物と旧家に代々伝わる「おたから」を公開する「浜崎伝建おたから博物館」が開催されます。婦人部の雑魚場(ざこば)定食や、御船倉(おふなぐら)(※2)コンサートなど、さまざまな催しがあり、多くの人で賑わいます。

※2 藩主の御座船(ござぶね)や軍船を格納していた船蔵。

萩市観光協会

かやぶき民家と棚田景観が残る宿場町

「萩市佐々並市伝統的建造物群保存地区」

佐々並の町並み

佐々並の町並み

佐々並市(ささなみいち)は、萩と瀬戸内海側の港町「三田尻(みたじり)」を直線で結ぶ約53kmの街道「萩往還(はぎおうかん)」の宿場町として栄えました。3つの町で構成され、江戸時代に各町家は農業を営みながら、上ノ町(かみのちょう)は宿を提供し、中ノ町(なかのちょう)は造酒屋、油屋などの商工業を担い、久年(くどし)は人馬を提供する駅の役目を果たしてきました。その町並みが現在も残っています。

萩市観光協会

白壁の町並み

「柳井市古市金屋(ふるいちかなや)伝統的建造物群保存地区」

白壁の町並み

白壁の町並み

中世室町時代の町割りがよく残り、通りの両側には、江戸時代中期から明治初期にかけての伝統的建造物が立ち並んでいます。江戸時代中期の豪商の家造りの典型 として国の重要文化財に指定されている国森家住宅をはじめ、小田家・佐川家など近世柳井商人の活躍を物語る町家もあります。

柳井市観光協会

A10.萩焼、大内塗、赤間硯などがあります。

萩焼(はぎやき)

萩焼

萩焼の歴史は、16世紀末の朝鮮出兵の際に、毛利輝元(もうりてるもと)が連れ伴った陶工李勺光(りしゃっこう)、李敬(りけい)の兄弟が、萩市(松本中ノ倉)で毛利家の御用窯として開いたことに始まります。
昔から「一楽二萩三唐津」と評され、茶人をはじめ、多くの人に愛好されています。萩焼は、防府市の大道土(だいどうつち)、萩市の金峯土(みたけつち)・見島土(みしまつち)等を配合して特有の土味を作り出しており、素朴さと優雅さを兼ね備え、使えば使うほどに色が変化していく味わいが特徴です。俗に“萩の七化け”といわれています。
平成14年に伝統的工芸品に指定され、現在、萩市に大小合わせて約100窯あるほか、長門市、山口市、防府市等、県内に多くの窯があり、山口県の重要な地場産業となっています。


大内塗(おおうちぬり)

大内塗

室町時代栄華を極めた大内文化の華やかさを今に伝える漆器で、当時は、朝鮮や明への重要な輸出品となっていました。
大内菱(おおうちびし)などを絵柄にした盆、椀(わん)、茶托(ちゃたく)、花器、壁掛、硯箱(すずりばこ)などのほか、大内弘世(おおうちひろよ)が、京都出身の夫人の憂情を慰めるために作らせたと伝えられる大内人形が有名です。
平成元年に伝統的工芸品に指定され、現在、山口市を 中心に工房が8軒あります。


赤間硯(あかますずり)

赤間硯

赤間硯の起源は鎌倉時代にさかのぼり、古くから硯の絶品として定評があります。粒子の細かい墨液を得ることができ、石色は赤みを帯びた美しい色合いと巧みな掘り飾りが目にも美しく、その品質の高さは、世界の名品中国の端渓(たんけい)硯と比較しても遜色がない といわれており、石英や石紋がよく似ているため、“日本の端渓”と呼ばれているほどです。
昭和51年に伝統的工芸品に指定され、現在、下関市や宇部市に工房が6軒あります。


大理石加工品

大理石加工品

カルスト台地の秋吉台(あきよしだい)国定公園一帯は、東洋屈指の鍾乳洞をかかえ、観光のメッカであるとともに、全国屈指の大理石の産地です。重厚さと豪華さを持つ大理石加工品は、調度品として珍重されています。主要な製品は、飾玉、灯籠、花瓶、壺(つぼ)、灰皿、こけし、風鎮、表札などですが、最近では、新しいデザインを取り入れたり、パキスタンなどから輸入されるオニックスも加工材料として使われています。