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グリオのリズム
 
世界的に著名なセネガルの打楽器奏者ドゥドゥ・ニジャエ・ローズの息子、アローナ・ニジャエ・ローズが率いる総勢11名からなるアフリカン・パーカッション・アンサンブル。選抜されたメンバーは、全員グリオ(世襲制音楽集団)の家系出身で親族である。いろいろな種類のサバール(太鼓)で奏でられる彼等の迫力ある演奏は、心の奥深くまで響いてくる。
Ndiaye Arona
アローナ
1954年6月24日 フランス
1993年以来、毎年夏に来日(招聘カンバセーション&カンパニー)。日本各地で200回以上のコンサートやワークショップを行ない、Salamalekum, Dioubo,Gouy-giという太鼓グループも結成した。7つの太鼓を叩き続けるソロコンサートでは、そのエネルギーに感涙する観客も多い。
「日本人とセネガル人はとても似ていると思う。特に家族を大切にし、年上を敬うという点。」
「昨年、岐阜の<寛斎スーパーショー>で、50人の子供といっしょに太鼓の演奏をした。なんとすごいエネルギーを持っている人なのだろう。発想がとても独創的。今後も、寛斎氏のプロジェクトを企業や団体やいろいろな人々が、限りなく支援してくれることを心から願っています。」
Ndiaye El Hadji Moustapha
タファ
1960年8月20日 セネガル
父親ドゥードゥー・ニジャエ・ローズの100人からなるオーケストラのコンサートマスターとして長年活動。振り付けも担当する。1988年の初来日後、今回が12回目の日本公演。
「このショーはとてもすばらしい。どこの国の人が見ても感動すると思うので、ぜひ海外でも上演して欲しい。」
Mboup Oumar
オマール
1959年12月26日 アメリカ
アフリカ伝統舞踊団の楽団責任者として、スペインやアメリカを頻繁に訪れる。父ドゥドゥー・ニジャエ・ローズといっしょに8回来日。
<鼓童>と共演したこともある
「このショーはとてもパワフルだ。自分達の演奏が、より一層のパワーを加えられるように、力一杯演奏をしている。寛斎氏が私達の演奏をみて、<ブラボー>と賞賛してくれたことにとても元気づけられた。」
Mbaye Bassirou
バシル
1964年12月14日 セネガル
重さ10キロ以上もする、丸くてがっちりしたチョルというベース音の太鼓をステージ中央で奏でる。(サバールと総称される太鼓には、ランブ、ゴロンタンバット、ブンブン、ンデールなどいろいろな種類の太鼓がある。)
「日本のイメージは平和で、テクノロジーに優れていること。携帯電話の小ささと機能にびっくり。」
「今回のような大きなショーを見たのは始めて。こんなにたくさんの観客に囲まれて演奏するのが、毎日楽しくてたまらない。」
Ndiaye Mamadou
ドゥドゥゲー
1981年10月7日 フランス
祖父ドゥドゥー・ニジャエ・ローズのヨーロッパツアーに参加したり、コンサート活動をおこなう傍ら、サッカーチームに在籍し、プロのプレーヤーをめざす。
「日本人の友達が何人もでき、日本のことをたくさん学べて楽しい。セネガル人はいつも元気。元気をいっしょに持って来た。そしてここでもたくさんの元気をもらって、ずっと元気でいられそう。」
Ndiaye Abdoulaye Sarr
アブライサール
1983年11月25日 セネガル
1994年、11歳の時に父のグループ25名と来日した。ダカールでは、結婚式や出産などお祝事での演奏も行なう。
「<元気伝説>は本当にすてきな内容だ。こういうイベントが永遠に作り続けられることを祈っています。」「将来の夢は、父親ドゥドゥー・ニジャエ・ローズのような偉大なサバール奏者になること。」
Ndiaye Mouhamed Bou
ブーバ
1984年2月19日 フランス
高校に通いながら、演奏活動をしている。5歳の時から太鼓を父親のアローナ、兄のドゥドゥゲーから教わる。
「想像していたより日本の人々はやさしくて、あたたかくてとても嬉しい。このショーは大成功だと思う。このようなすばらしいショーに参加できたことを、大変光栄に感じている。」
Ndiaye Elhadji Lamine Nar Diop
ラミンナール
1984年1月1日 セネガル
高校を昨年卒業し、現在は演奏活動に専念。今回が始めての海外ツアー。
「日本に来れてとても嬉しい。きれいでかっこいい洋服や靴がたくさんあって、買物に行くのも楽しみ。このショーはすばらしい。次のプロジェクトにもまた参加できればいいな。」
CisseElhadji Mor
モー
1972年4月29日 セネガル
8歳から太鼓を叩き始める。サバールとジェンベーの両方を演奏
「自分がここにいれることにとても感謝してます。アラーの神、モハメッド、尊敬するマラブ、両親、グループのメンバー、関係者全員に対して。こんなにスケールの大きなスペクタクルを見たのは、生まれて始めて。自分が参加できたなんて夢のようだ。キャスト、ダンサー、奇兵隊、スタッフ皆に知り合えて嬉しい。」
Niang Pierre Maguette
ピエール
1975年6月4日 セネガル
サバールとジェンベーの奏者。ダカールではディスコでの演奏もおこなう。始めての海外公演。
「日本はなんでもそろっていて恵まれた国だと思う。日本語を覚えるのがとても楽しい。日本人は礼儀正しくて思いやりがある。コミュニケーションをとるために言葉をもっと学びたい。」
Faye Mahtar
マタール
1971年4月27日 セネガル
5歳で太鼓を習い始める。木工職人でもあり、サバール、ジェンベー、ドゥンドゥンなどいろいろな種類の太鼓を作る。来日中は太鼓の修理も担当。
「日本の夏は、セネガルのように暑くて快適だ。始めてアフリカ人を見る人も多くて、逃げる人もいるけれど、日本人はやさしくて親切だ。日本語を覚えるのが楽しい。<カエルの歌>を歌えるようになった。」