タイトル

歴史の概観 年表 弥生人の渡来 東大寺再建と重源 壇の浦の決戦 大内文化と「西の京」 毛利氏 朝鮮通信使 巌流島の戦い 吉田松陰 高杉晋作  馬関戦争 明治維新 廃藩置県と「山口県」の設置 7人の総理大臣 戦後歴代の県知事
馬関戦争
 1864年、イギリス、フランス、オランダ、アメリカ4国の連合艦隊と長州藩が、関門海峡で戦争を行いました。
 馬関戦争(ばかんせんそう)と呼ばれるこの戦いで、長州藩は惨敗してしまいますが、講和後は急速にイギリスに接近し、それまでの素朴な尊皇攘夷論(そんのうじょういろん:天皇を国政の中心とし、外国人は日本から追い払おうという考え)を開国・尊皇倒幕論(かいこく・そんのうとうばくろん:幕府を倒し、天皇を国政の中心としすると同時に、鎖国をやめ、外国と交流しようという考え)へと大転換し、幕府との二度にわたる戦争をへて、明治維新へと突き進んでいきました。
 関門海峡は、武家社会の出発点となった壇ノ浦(だんのうら)の源平合戦から700年後に、はからずも武家社会を終わりに導く歴史の転換の舞台となったのです。

馬関戦争
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